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作曲家、小林亜星さん死去 「寺内貫太郎一家」 - 産経ニュース

小林亜星さん=2019年9月12日、東京都港区(兼松康撮影)
小林亜星さん=2019年9月12日、東京都港区(兼松康撮影)

「北の宿から」などで知られる作曲家で、俳優としても活躍した小林亜星(こばやし・あせい)さんが5月30日、心不全のため死去したことが14日、分かった。88歳だった。葬儀は近親者で行った。

昭和7年、東京生まれ。慶応大医学部に入学したが経済学部に転部して卒業。作曲家の服部正さんに師事して作曲を学んだ。

36年、レナウンのCM曲「ワンサカ娘」が評判となり、売れっ子となった。その後「日立の樹(この木なんの木)」「どこまでも行こう」など数多くのCMソングを作曲。幼児番組で使われた「ピンポンパン体操」がヒットしたほか、「あわてんぼうのサンタクロース」などの童謡、「魔法使いサリー」「ひみつのアッコちゃん」「にんげんっていいな」「ガッチャマンの歌」などのアニメソングも多数手掛け、多くの人に親しまれた。

小林亜星さん
小林亜星さん

49年にはテレビドラマ「寺内貫太郎一家」の主人公、貫太郎役で俳優デビュー。巨体を生かし、ユーモラスで存在感のある演技で国民的人気を集めた。

都はるみさんが歌った「北の宿から」で51年、日本レコード大賞を受賞。日本作曲家協議会会長も務めた。

「ピンポンパン体操」でレコード大賞童謡賞を、「北の宿から」でレコード大賞を受賞。その他に「あわてんぼうのサンタクロース」「ガッチャマンの歌」「野に咲く花のように」「地平を駆ける獅子を見た」などの作曲も手がけた。

寺内貫太郎一家の収録風景。左から樹木希林さん、西城秀樹さん、小林亜星さん=1975年4月
寺内貫太郎一家の収録風景。左から樹木希林さん、西城秀樹さん、小林亜星さん=1975年4月
TBSドラマ「寺内貫太郎一家2」の出演者らと写真に納まる小林亜星さん(前列中央)=1975年3月、東京都内
TBSドラマ「寺内貫太郎一家2」の出演者らと写真に納まる小林亜星さん(前列中央)=1975年3月、東京都内
【第18回日本レコード大賞】レコード大賞曲は都はるみさん(右)の「北の宿から」 。作詞の阿久悠さん(中)と作曲の小林亜星さん(左)=1976年12月31日、東京帝国劇場
【第18回日本レコード大賞】レコード大賞曲は都はるみさん(右)の「北の宿から」 。作詞の阿久悠さん(中)と作曲の小林亜星さん(左)=1976年12月31日、東京帝国劇場
音楽著作権問題で記者会見する小林亜星さん(中央)=1998年7月30日
音楽著作権問題で記者会見する小林亜星さん(中央)=1998年7月30日

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2021-06-14 10:04:46Z
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