NHK大河ドラマ『麒麟がくる』(毎週日曜20:00~)の第24回「将軍の器」が20日に放送され、俳優・向井理が演じる将軍・足利義輝の最期が描かれた。諸説ある“義輝の最期”をどのように作り上げたのか、演出の佐々木善春氏に話を聞いた。
「十兵衛、また会おう」。光秀(長谷川博己)にそう言葉をかけた義輝(向井)だったが、再会はかなわず。三好・松永の子らによるクーデター「永禄の変」が勃発。義輝は刀を手に大勢の敵を斬り倒していくも、障子で動きを封じ込められ、殺害された。
佐々木氏は、義輝の最期を描くにあたり、「このドラマならではの描き方」を強く意識するも、そのことに縛り付けられてしまうと「奇をてらいすぎてかえっていい結果を生まない」と葛藤。だが、クラシック音楽やヒットソングのカバーなど、同じ演目でも演者や指揮者によっておのずとその色がでていて、自分もそれを楽しんでいると気づき、「『麒麟がくる版 永禄の変』も、向井さん演じる義輝の今まで積み上げてきたものを延長として、向井さんだからこそ演じられる義輝らしい最期を追求していけば、きっと『このドラマならではのもの』になる」と確信したという。
■向井理演じる義輝のはかなげな感じと「遠い気がした」
実際の描き方については、迷ったポイントは2つ。1つは「殺陣の流れをどう考えるか」。歴史研究でも注視されるような史料から言い伝えまで、義輝のこの時の様子は数多く伝えられてる中で、「『永禄の変』をご存じなかった方にも楽しんでいただきたいし、詳しくご存じの方にも『そうきたか』と思っていただきたい」と考えるも、記述のすべてを取り込むことは不可能だ。
初期段階では、「剣豪である義輝は名刀を畳に何本も刺しておいてそれを取り換えながら戦った」という話も取り込む予定だったが、室町幕府の終わりが義輝の死によって近づいていくことを考えると、「むしろ死に際に表現の重点を置きたい」と考えるように。また、「今回の向井さん演じる義輝のはかなげな感じと、『畳に名刀を何本も刺して』というある種ギラギラした感じとは、少し遠い気がしました」と思い、この説を取り込むのはやめた。
はかなげな義輝が剣豪として迎える最期。最終的に、最初の一本にそのイメージを託し、相手の武器を奪いながら戦い続けることで、その強さを表現した。「太刀や薙刀を、その戦う場所のリアルな武器選択として、つまり屋内の近接戦闘であれば太刀、屋外であれば人を近づけぬように薙刀をというように」
そして、義輝に容易に近づけないと思った三好方が障子でその動きを抑え込む。佐々木氏は「リアルをベースとして、その中に向井さんの美しさとはかなさを封じ込めようと考えました」と説明し、「名刀がたくさん出てくることを期待して下さったみなさんがいらっしゃるとすればすいません。最初の一振りにご自身のイメージを重ね合わせていただけるとうれしいのですが……」と付け加えた。
■向井理演じる義輝には「畳より障子が似合う」
もう1つの迷ったポイントは「最期の最期をどういう質感で描くか」。「向井さんが美しい方なので美しいまま最期を迎えるべきか、その美しいものがある種、無様に散っていくべきなのか」と迷い、考えた末に「美しさと無様さが同居しているような、それまでの義輝の生きてきたものがその1点に表出されているような死に方」にたどり着いたという。
義輝の最期については諸説あり、「畳で四方を囲われた」という説もあるが、本作では「畳」ではなく「障子」が用いられた。
佐々木氏はその理由をこう語っている。「『畳に囲まれて』というのも考えてもみたのですが、その畳の下に敷かれてしまったまま倒れている義輝を想像した時、無様と言っても自分の求めている質とは違うなと直感しました。感覚的な部分なのですが。美しさと無様の同居を考えた時、畳は自分自身の中であまりにリアル過ぎました」
さらに、「障子ですと、義輝の動きが抑え込められながら、槍を突き立てられるときは紙一枚向こうであるという、『生のはかなさ』みたいなものがでるのではないかと。そして何より、このドラマの義輝には畳より障子のほうがいいと思ってしまいました」と説明。「向井さんの義輝には畳より障子が似合う」という感覚は、共感する人も多いのではないだろうか。
(C)NHK
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2020-09-20 11:45:00Z
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