８月４日９時。兵庫県神戸市・中の坊瑞苑で王位戦七番勝負第３局▲藤井聡太棋聖（18歳）－△木村一基王位（47歳）戦、１日目の対局が始まりました。
対局場は有馬温泉、中の坊瑞苑。王位戦の定宿の一つです。
昨年の王位戦第４局。木村挑戦者（当時）は豊島王位を相手に285手の死闘を制しました。
昨年の七番勝負では、木村挑戦者は２連敗スタートのあと、２連勝を返しました。そして最終的には４勝３敗でシリーズを制し、王位を獲得しています。
本局の立会人を務めるのは淡路仁茂九段（70歳）。神戸市出身の棋士です。
淡路九段の師匠は地元神戸に道場を構え、普及活動をおこなっていた藤内金吾八段（1893-1968）です。藤内一門は内藤國雄九段、森安秀光九段、谷川浩司九段（孫弟子）など多士済々。これらの棋士が棋界を席巻した頃には「神戸組」と称されました。
８時43分。藤井挑戦者が対局室に入ります。羽織の色は濃い緑。これは棋聖戦第３局のときと同じものでしょうか。
第２局で立会人だった深浦康市九段は、次のように語っていました。
深浦「打ち上げの時に藤井さんに話したら、袴とかちょっと慣れてないらしくて、『袴のすそ、踏んじゃいました』って（笑）。誰かにたぶんしゃべりたかったと思うんですよ。けたけた笑ってました」
藤井棋聖も棋聖戦、王位戦と和服を着る機会が増えてきたところですが、まだ少し慣れないところもあるのでしょう。
８時49分頃、木村王位入室。上座に着きました。
木村王位は盤上に駒をあけ、ぴしりと「王将」を所定の位置に据えます。木村王位の駒音が比較的高いのに比べると、藤井棋聖は静かなようにも思われます。
「定刻になりました。第61期王位戦七番勝負第３局の対局を始めてください」
立会人の淡路九段が声をかけて、両対局者は深く一礼しました。
藤井棋聖は茶碗を手にして、お茶を飲みます。そして手ぬぐいで手を拭き、しばしうつむいたあと、盤上に手を伸ばしました。７筋の歩を一つ前にすすめ、角道を開けます。
腕を組んで盤上を見つめる木村王位。１分ほどの間をおいて、飛車の先、８筋の歩を一つ前に進めました。
報道陣が退出したあと、藤井棋聖はペットボトルから冷たいお茶をグラスに注いで飲みます。そして３手目、左の銀を二段目に上がりました。
戦型は、第１局は角換わり。第２局は相掛かりでした。本局では相矢倉へと進んでいきます。
先日２日に放映されたばかりのNHK杯▲藤井棋聖－△塚田泰明九段戦も藤井棋聖が先手で矢倉でした。また棋聖戦第１局▲藤井七段－△渡辺明棋聖戦（肩書はいずれも当時）なども矢倉です。
先日、持将棋となった叡王戦第３局▲永瀬拓矢叡王－△豊島将之竜王・名人戦も矢倉でした。
この時、解説を務めていたのは藤井猛九段（49歳）でした。藤井九段は現代振り飛車の第一人者とでもいうべき存在です。一方で一時期、矢倉早囲いで新機軸を打ち出し、その指し方は「藤井矢倉」と称されました。矢倉の駒組で▲７八金とは上がらずに、▲６八玉から▲７八玉とするのが「藤井矢倉」の進行です。
序盤の駒組の段階、藤井九段は加藤桃子女流三段の話に応じながら、次のように語っています。
藤井猛九段、叡王戦第３局解説 藤井猛九段「矢倉、流行ってますね。藤井矢倉とは違うんだろうね。どうせそういって▲７八金ってくるんだよ。『矢倉は終わった』って増田君（康宏六段）のあれ、ありましたけどね。『藤井矢倉は終わった』って自分で言っちゃおうかな。『藤井矢倉は終わった』。（永瀬叡王が▲７八金と指して）ほらほらほらほら。ああー。終わっちゃった（苦笑）。藤井矢倉は・・・。（矢倉で）藤井流矢倉だけですね、僕がやるのは。▲７八金矢倉だと、いわゆる脇システムみたいなのがちょっと可能性あるじゃないですか。先後同型のね。あれはやっぱり、みなさんすごい研究してて、私の出る幕はないみたいな感じで。あれは研究合戦なんですよ。ちょっとそこはやりたくないから。藤井矢倉はどうせ、僕しかやってないみたいなところがあったんでね。みんなと同じ研究をしたくないから」
さて本局25手目。藤井棋聖は▲６八玉を選びました。この進行はまさに「藤井矢倉」の入口です。このまま「藤井矢倉」に進むのか？ 藤井猛九段創案の「藤井矢倉」継承者として、藤井聡太棋聖ほどふさわしい人はいないでしょう。
先日の棋聖戦第２局。藤井猛九段と鈴木大介九段は次のような会話をしています。
鈴木「藤井さんもいま、二人になって困ってるんじゃないですか？」
藤井猛「いやいや、大丈夫ですよ。藤井といえばもう、だいたい聡太だから。だいたい大丈夫。間違えないです」
鈴木「それ私、心配してるのは、あと５年ぐらいしたら、藤井矢倉も藤井システムも、聡太が作ったことになっちゃうんじゃないかと」
藤井猛「ああ、全部持ってかれちゃうの？ それは困るね（苦笑）」
鈴木「それを危惧してるんですけど（笑）」
藤井猛「そこだけは守んないとね。将棋連盟にデータに登録できるようにしといてください」
鈴木「まだ藤井君の方は振り飛車やらないんで藤井システムは大丈夫でしょうけど、私も今日、話の中で『藤井矢倉になるかもしれない』って言ったときに、そっちは聡太君の顔の方が思い浮かびました」
藤井猛「じゃあ、そこは譲るよ（笑）」
「藤井矢倉」の骨子は脇システム風ながら、角の打ち込みに強い片矢倉（７八玉、６七金、６八金型）を目指す点にあるようです。片矢倉は幕末の棋聖・天野宗歩（1816-1859）が多く用いたことから「天野矢倉」とも呼ばれます。
27手目。藤井棋聖は攻撃陣の桂を跳ねました。これは従来の「藤井矢倉」とは異なる順のようです。藤井棋聖はこの先、どのような工夫を見せるのでしょうか。
木村王位は比較的オーソドックスな手順で金矢倉に組みます。11時半を過ぎた段階では、32手目まで進みました。
木村王位が席をはずしたあと、藤井七段は手ぬぐいで目をおおい、脇息（ひじ掛け）にもたれかかります。６月はじめ以来、ずっとハードスケジュールが続く藤井棋聖。いくら若いとはいえ、相当に疲れるところもあるでしょう。
藤井棋聖は34分を使ったあと、左下の金を５筋に上がります。これはさらにバランス重視の現代風で、従来の「藤井矢倉」とは違う進行になりそうです。
王位戦の持ち時間は９時間で２日制。１日目の本日は昼食休憩をはさんで、18時に手番の側が次の手を封じて終了となります。
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2020-08-04 03:14:24Z
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